スイッチ
最終更新 : 2018/09/08
最終更新 : 2018/09/08
悪いことをしてしまったな。
夢から覚めると、私は真っ白な部屋の中にいた。頭の中も真っ白だ。真っ白な頭の中を、後悔が転げ回っていた。
ああ。悪いことをした――そう思っていると、笑い声が聞こえた。男の、下品で騒々しい笑い声だ。
体を起こしてそちらを見ると、二人の男が丸テーブルを挟み、椅子に座って向かい合っている。
白いテーブル。白い椅子。彼らは白い服を着ていた。精神病患者のような簡素な服だ。ふと自分の服に目を移すと、同じものを着ていた。
彼らに視線を戻す。
一人は彫りの深い顔だちをした、がたいのいいスキンヘッドの男。もう一人は大きな鷲鼻が特徴的な、ドレッドヘアの痩せた男。二人とも手にトランプカードを数枚持っている。ポーカーだろうか。テーブルの中央に手を伸ばし、手札にカードを加え、一枚をテーブルに戻していた。
カードを引く度、二人は大笑いしている。腹を抱え、スキンヘッドの方は涙を浮かべてさえいる。それでいて手札は相手に見せないように、警戒しているようだ。
ドレッドの甲高い笑い声は、耳障りだ。
笑い声の中、私は周囲に視線をやった。部屋の広さは八畳程度だろうか。窓は無かったし、扉も無かった。天井には光源も見当たらないから、するとこれは夢の続きなのかもしれない。
ふと気付いた。部屋の向こう側の隅、壁の近くの床に、小さな隆起が見える。目を細めると、ちょうど蛍光灯のスイッチのような形状をしているようだ。
部屋に充満していた笑い声が、蒸発するように消え去った。静寂に思わず息を止めて、男達を見た。
二人とも私を見ていた。目がぎらついている。スキンヘッドが言った。
「絶対に、スイッチを押すな」
「どうしてだ」
私が質問すると、ドレッドヘアがまた笑い出し、カードを引いた。スキンヘッドは真顔のまま、私を見つめている。
私は問い質した。
「この部屋は一体何だ。お前らは何をしている。あのスイッチはどういう意味がある」
「聞いては駄目だ。そのうち分かる。とにかく、スイッチを押すな」
会話が終わると、スキンヘッドもカードゲームに戻った。カードを一枚引いては、一枚をテーブルへ戻し、大笑いする。一体何がそんなにおかしいのだろう。
私は首を振り立ち上がった。二人が私に注意を向けた。しかし、カードを引く手は止まらないらしい。
狂った馬鹿笑いの中、私は男たちを視界に留めたまま、スイッチへ近寄った。
「やめろ」
スキンヘッドが叫んだ。ドレッドはテーブルに突っ伏して笑っている。カードが数枚、床へ落ちた。
「やめてほしければ、力ずくで止めれば良いだろう」
狭い部屋だ。飛び掛かれば簡単に手が届く。そうしないなら、スイッチを押してもいいということだ。私はスイッチへとかがみ込んだ。
白い部屋の白いスイッチ。
笑い声と、やめろという叫び声とが飛び交っている。ちらと見ると、二人とも相変わらずカードを引いては捨てている。
嫌な夢だ。
私は息を吐き、スイッチを押した。
テーブルの中央から手札を引くと、目の前のドレッドが目に涙を浮かべて笑い出した。
視界の隅の方、部屋の隅で、うめき声が聞こえた。お構いなしにドレッドがカードを引く。私は笑った。たまらなく、おかしい。目をつぶる。よだれを流す。笑いが止まらない。
ああ、悪いことをした――奥歯を噛みしめても、笑いが止まらない。
ふいにドレッドが叫んだ。
「頼むから、スイッチを押さないでくれ!」
(おわり)
溟犬一六(めいけんいちろ)。雑種のクリエイター。ハンドル名はガバチョなど